The Brewing Project

The Brewing Project

ザ ブリューイング プロジェクト
創業:2013年
創立者:ウィル グラス(Will Glass)
拠点:ウィスコンシン州 オークレア


アメリカ中部に位置するウィスコンシン州は湖や川に囲まれた自然あふれる酪農と
観光に加え、精密機器類の工業でも発展した「アメリカのスイス」とも呼ばれる穏
やかな四季豊かな州。ブリュワリーの位置するオークレアは街中を流れるオークレ
ア川に由来し、これはフランス語で「澄んだ水」という意味。水質の素晴らしい土
地だからこそ、美味しいビールが生まれたのは必然だったのです。
恵まれた環境の中、The Brewing Projektは「多くの人々の好むビール」ではなく
、「多くの人々を虜にさせるビール」を造ることを使命に誕生しました。
【ブリュワリーの歩み】
The Brewing Projektは2013年5月に創業。創業したものの波乱な道のりでした。
ブリュワリーオープンを予定していた場所を契約締結。ところが同年秋に、市議会
の停滞、それに伴う連邦政府機関が閉鎖し、オープンに必要な政府機関への申請書
類は3ヶ月間の申請遅れで承認。ところが契約条件でもある2014年4月1日時点での
操業が開始できなかったため、契約は失効となってしまいました。文字通りホーム
レス状態になってしまったブリュワリーは、オークレア市にあるほぼすべての商業
施設を駆け巡り、現在の場所、ノースオックスフォード通りに確保しました。
その後も試練は続きます。ウィルは新しく確保できた場所を基に、政府機関への申
請手続きを最初からやり直さなければならず、1ヶ月、2ヶ月・・・そして3ヶ月と
、政府機関から何も連絡がないまま時が過ぎました。そんな中、運良くウィスコン
シン州の上院議員のスタッフが申請書類に目を留めてくれたのですが、ウィスコン
シン州政府からの承認署名への道のりは遠いものでした。メディアから「ブリュワ
リースクリュワリー(しくじったブリュワリー)」と揶揄されたウィスコンシン州
の時代遅れな酒類販売業者責任立法により、妻が経営していたクラフトビールバー
が酒類販売免許の一部をすでに保持していたことによりブリュワリー操業承認が下
りず、夫婦は離婚危機に陥ります。それでも情熱に従い、策を講じ、ようやく操業
許可が降りたのは創業から2年近く経った2015年でした。この年の4月にThe
Brewing Projektのタップルームは正式にオープンすることができました。
操業をスタートしてから2年後には設備の増設と拡大を行い、現在に至ります。

【タップルーム】
 The Brewing Projektのタップルームの特徴は、そこが壁や窓で仕切られた単なる
バーではない事。まさに、ブリュワリーの中にある席。醸造している時は、室内は
暑くなり、缶の製造ラインの作業をしているのであれば、騒々しいです。出荷準備
に追われている時は、走り回っているフォークリフトに注意したほうがいいかも。
ブリュワリーの音、匂い、その光景を目にし、そしてビールを飲んでいただく。あ
なたの五感すべてでThe Brewing Projektを楽しんでほしいという思いが詰まってい
る場所。
 交代で繋がる20種類の出来立てのビールを片手に、バーカウンターや屋上テラス
でくつろぐ時間。ビールを楽しみながらも、ウィスコンシン州ならではの遊びも一
興。毎年、ウィスコンシン州で全米大会が開催されるクッブというゲーム。クッブ
とは木の棒を投げ合って的を倒していくチーム対抗の的当て・陣取りゲームで、ウ
ィスコンシン州では大人気のゲームです。
【創立者ウィル グラスからのコメント】
ブリュワリーオーナーとして2013年にビジネスを始めましたが、私の妻が自らのビ
ジネスを売却するまで、州の時代錯誤な法律の為に、給料を受け取ることができず
に無給で最低な気持ちで4年間を過ごしました。現在の所在地の向かい側にある56
坪のみすぼらしいガレージから始まった私達の歴史は、今では、2年かけてリフォー
ムした1011坪の設備にまで成長しました。
私達のビールは、アメリカ全土のみならず、イギリスやヨーロッパをはじめとした
12ヶ国でも販売されています。そして今回日本の皆様にThe Brewing Projektのビー
ルを飲んでいただけることを、とても楽しみにしています!
今も昔もずっと、私の目標は皆に飲まれるためのビールを造ることではありません
。沢山の人々が「まぁ、美味しいんじゃない?」と思うビールよりも、少数の人達
がThe Brewing Projektのビールに対して夢中になってくれる。そっちの方がずっと
嬉しいんですよね。
妥協を許さない私の性格と、ブリュワリーを立ち上げるために乗り越えなければな
らなかった困難のおかげで、Food and Wine Magazine誌のライターが、私達の醸造
しているビールは「頑固なまでにこだわり抜いた手造りクラフトビール」と言って
いました。まさにその通りだと思ったので、これを私達の信念として採用させて貰
いました。